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ソラ-ボクたちの絆-

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ソラ-ボクたちの絆-
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同じソラの下、ボクたちは、同じ時を生きています。
同じソラを見上げて、大切なヒトを、そして夢を思っています。
きっと、このソラでボクたちはつながっている…。
そんな皆さまに、ボクの日々思うこと、感じること、夢見ることを綴っていきます。
このブログをきっかけに、前向きなコミュニケーションにつながれば、幸いです。
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冬の山旅日記〜登り初め、富士を拝もう、愛鷹で・番外編(時之栖へ)

2015/01/21 21:55
一昨日、昨日と山旅日記として愛鷹山の山歩きの模様をお届けしました。

前編 http://koshino.at.webry.info/201501/article_20.html
後編 http://koshino.at.webry.info/201501/article_21.html

そして、やっぱり登山の後は温泉ですよね〜。
今回はご一緒した方が車を出してくれたので、行動範囲が広がって、ありがたいですね。
今回訪れたのは十里木から30分ほどでしょうか。裾野インターを通り越した先にある時之栖さん。

夜でも日曜日ということで、駐車場は結構いっぱいでした。

18時から入浴料が安くなるということで、先に夕飯を食べることに。御殿場に来たら、名物を食べなきゃ。
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名物みくりやそば。鶏肉、しいたけ、ニンジンがのったお蕎麦。麺のつなぎには自然薯を使っているらしいですが、こちらでは自然薯もついていました。自然薯はやっぱうまいね。そしてここの蕎麦はだしがなかなかよかったです。1458円、ごちそうさまでした。

18時30分、お風呂へ。時之栖には2つの温泉があるのですが、今回は露天風呂が広い気楽坊へ。
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18時までは土日は2000円ですが、18時を過ぎると1500円に、さらにセゾンカードを持っていると10%引きということで、なんだか得した気分。高いようですが、ハンドタオルは使い放題、バスタオルと館内着もついていますし、無料の休憩室やマッサージチェア等、なかなか充実しています。
露天風呂はややぬるめですが、ぬるすぎることもなく、外気とあわせて、そこそこの長湯にはちょうど良かったです。あ〜、気持ち良かった。ほかにもサウナや炭酸風呂などもありますよ〜。

19時45分、お風呂を出て、イルミネーションを見ながら駐車場に戻りますが、またそのイルミネーションがきれいなこと。男3人だったので、ちょっと変ですかね・・・(笑)
とはいえ、ホントに豪華なイルミネーションだったので、少し写真を撮っちゃいましたので、ご紹介を。

光のトンネル。
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蝶や鳥、花など妖精のようです。
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ということで、陽が暮れてからなんだか観光旅行みたいになってしまいましたが、これも楽しい山旅の一部。
時之栖の後は、裾野インターから東名高速で。渋滞にも着こまれることなく、1時間半ほどで向ヶ丘遊園駅で解散しましたが、帰りの車も山のお話など楽しく帰って来れました。

以上、新年初の山旅日記は日帰りだけど盛りだくさん。いい山旅初めとなりました。
こんな感じで今年はいい山旅をたくさんお届けできるといいなあ〜。今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。
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冬の山旅日記〜登り初め、富士を拝もう、愛鷹で(愛鷹登山口〜黒岳〜越前岳〜十里木)後編

2015/01/20 22:00
昨日からお届けしている今年の登り初め、愛鷹山山行の模様。
前編では愛鷹登山口から黒岳を経由し、越前岳の東の稜線にある富士見台・標高1410mまでやってきました。
http://koshino.at.webry.info/201501/article_20.html

さあ、富士見台ではこんな光景を愛でながらのランチです。
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富士山綺麗ですね〜。こちらからの富士山は戦前の50銭札の絵柄になったそうですよ。

こちらで50分ほど休憩した後、13時55分、越前岳山頂に向けて最後の登りへ。
相変わらず登山道は凍っておりますが、富士見台の手前と比べるとかなり溶けている部分も多く、だいぶ楽になりました。そして、約20分ほどでしょうか、14時15分、越前岳・標高1504mに到着です!
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山頂は日当たりが良いのと、登山者が多いのか、ぐちゃぐちゃ。後程すれ違った地元の方が、あそこは田んぼと言っていましたが、確かに・・・。ここで絶対転びたくないし、モノを落としたくない・・・。
そんな田んぼの山頂ですが、景色はめちゃくちゃいいんです。

上の写真の後ろに見える峰々は南アルプスの山々です。南アルプスもこうしてみると長〜いですね。

その右手には、富士山が。まあ、木々があるので裾は見えず頭だけですけどね・・・。
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富士山の逆側には伊豆半島の山々。
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少し西へ目を向けると西伊豆の海岸線も。
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こちらは富士市・静岡方面。太陽がまぶしいですが、青の世界。
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そんな太陽が照らす駿河湾。三保の松原も見ています。
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絶景を楽しむこと約30分ほど、14時45分に下山開始です。
少し凍っているところがあり要注意ですが、富士見台手前ほどではないのが幸い。最後まで転ばずに歩くことが出来ました。

下っていくと樹林帯に入っていきます。
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途中では地元の越前岳に登り馴れたオジサンとすれ違い。いろんな地元の方ならではのコースがあるようです。下っているコースはメジャーで登山者も多い銀座コースだとか・・・。

その木々の合間から、そして時折視界が開けるところでは、真正面に富士山と展望は最高の下山コース。
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もう少し下ったところではアップしてとってみました。
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70分ほど下れば、樹林帯を抜けて、ススキなどの十里木高原の上部に出てきます。
越前岳を振り返るとこんな感じ。
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最後展望台を過ぎると、後はススキの脇の階段道を下るだけです。
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陽が傾いてきて、ススキが輝いて見えます。きれいです。

そして、16時20分、車を停めていた十里木高原駐車場に到着し、無事登山終了。
こちらの駐車場にはトイレのほか、洗い場もあるのがありがたいですね。山頂付近を中心とした田んぼの泥もきれいに洗い落とせました・・・。

ということで、今回の山旅日記はここまで。
新年最初にふさわしい、最高の富士山を拝めた山歩きとなりました。
ご一緒させていただいた方ともちょうどいいペースで歩けましたし、楽しかったです。

おっと、この後温泉にいったんだった・・・。なかなかよい施設だったので、番外編ということで、明日まで引っ張ります(笑)。ということで、明日もお楽しみに。
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冬の山旅日記〜登り初め、富士を拝もう、愛鷹で(愛鷹登山口〜黒岳〜越前岳〜十里木)前編

2015/01/19 23:59
今年最初の山旅日記。

昨日、今年の登り初めに行って来ました!
今回は登山SNSで知り合ったお二方からお誘いいただき、計3名での日帰り登山。
登り初めに相応しく、おめでたい新春のシンボル、雪を被った富士山を愛でる山旅です!
今回も前・後編にわけてお届けしますね。


今回、車を出していただいちゃいました。電車・バスも好きですが、時間の制約を食らわず、選択肢が広がるのは有り難いことです。
集合場所の向ヶ丘遊園へ千代田線〜小田急で向かいます。7時集合。
向ヶ丘遊園からは東名川崎から東名高速で御殿場、そして下道で、登山のゴール地点である裾野市十里木へ。渋滞もなく、8時40分過ぎに到着しました。目の前にど〜んと富士山。いいですねえ。


さて、しっかり読んでいただいた方はお気づきでしょうが、そう登山のゴール地点。なぜスタートじゃない!?
車で登山のデメリットはピストンになりがちな点。今回はそのデメリットを克服するべく、十里木の駐車場から歩いて5分強ほどの所にある十里木のバス停から富士急バスで、反対側の登山口へ行くことに。これで縦走が楽しめます。
十里木の駐車場でトイレや準備をゆっくり済ませて、9時20分のバスで反対側の愛鷹登山口・標高705mまで。約10分・310円で到着です。


ということで、今回の登山は愛鷹山縦走。9時35分スタートです。
はじめは舗装された林道歩き。
植林ですが、なかなかの杉林で雰囲気がありますね。
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林道を歩くこと、約20分、山神社・標高745mに到着。こちらにも駐車場があり、ここまでは車でも来れますが、ここから先は登山道へ。安全登山を祈願して次へ進みます。
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全般に整備されていて、木の根や石の段を含め、樹林帯の中を着実に登っていく感じ。日陰には立派な霜柱がたくさん。
冬で枯れていますが、沢みたいなところも横切ります。そんなとこは少し開けていて、そこから見上げる青空は気持ちいいですね。
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山神社から35分、愛鷹山荘に到着です。
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山荘といっても避難小屋。毛布などもあるので、ホントにいざって時には有り難いでしょうね。5分弱休憩して、さあもう少し。

ここまで来れば、稜線までもうすぐ。約2〜3分で、富士見峠・標高995mに到着です。山神社から約40分。
登山口からはここまでは見えなかった富士山がようやくここで見えるようになりますが、木々に囲まれ、隙間からチラッと見えるだけです・・・。

ここで左右にわかれますが、右手の黒岳をまずは目指します。
樹林帯の中、展望もなく、結構しんどいそこそこ急な登りを10分、緩やかになってくれば、左手に木々がなく、開けた場所が・・・。ベンチもある富士山展望所に到着です。
その名の通り、富士山がどか〜んと目の前に。
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迫力がありますが、さらにアップ!
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富士山山頂は風が強いようで、雪が舞いあがっているのがわかります。

富士見展望台で10分ほど休憩したのち、黒岳山頂を目指します。途中、立派な天然杉が。。。
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杉を横目に緩やかな下りを進むと分岐点。が標識が壊れています。左手はただロープが張られているだけで踏みあとがあり、ちょっと迷ってしまいましたが、地図を読み返し、右手に折れて少し下る方へ。
山頂に行くのに下りばっかやな?と思いましたが、下りきると緩やかな登りが少し。それを登りきると、ありました、黒岳頂上・標高1087m。ちょっと迷ったので展望所から15分ほどかかりましたが、普通に行けば10分ほどでしょう。広々とした気持ち良い頂上に、こちらからの展望がホントに素晴らしかった!
もちろん北側には富士山。
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東側には丹沢の山々。
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そして南東側には箱根の山々。
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箱根をアップ。大涌谷でしょうか、噴気らしきものも見えます。
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この日は予報が外れて風もなくて、最高の展望でした。

山頂で約20分休憩ののち、11時35分、次へと出発。まずは来た道を約20分ほどで、富士見峠まで戻り、そのまま直進。越前岳へと向かいます。

再びの登りですが、こちらのルート、人気があるのか、かなり道がえぐられてます。そこに雨か雪が流れたのか、日陰では水を含んだ土がカチカチに凍っていますが、温かさで少し緩みつつあるのか、たまに滑りますが、特に軽アイゼンなどなしで進みました。

富士見峠から約25分で樹林帯から少し開けた鋸岳展望に到着。
愛鷹山の一部をなす鋸岳が一望できるスポットですが、本当に鋸のようにギザギザ。その後も時々、鋸岳方面が開けるのですが、あれはすごい。あそこは歩くの無理だな〜。
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鋸をアップ!
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後ろにははっきりと海が見えてきましたよ。

標高があがってくると、土も水分を含みきれなかったのか、表面が氷の幕でカチコチ。滑る滑る。登りなのと、掴まりやすい木があったのは幸いでしたが、下りなら軽アイゼンがないと怖い道。
そんな道を慎重に登っていくこと、13時5分。富士見峠から70分。富士見台・標高1410mに到着です。その名の通り、富士山展望スポット。休めるだけの広さもあるので、ちょっと遅くなりましたが、ランチにしましょうということで昼休憩。

この富士見台からの展望と、越前岳、そして下りの様子は後編でお届けいたします。
http://koshino.at.webry.info/201501/article_21.html
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今年のお山

2015/01/18 21:55
今日は今年初めての山歩きに行ってきました!

昨晩、仕事から帰って来てからの準備で完全に寝不足。明日も早出のため、山旅日記は明日以降にお届けしますが、日だまり&晴天、最高の展望のよい山初めとなりました。

今回も昨年末の登り納め同様、登山SNSで知り合った方との山行でした。これまでは、ぼっち登山ばかりでしたが、今年は来週も同じく登山SNSで知り合った別の方とのハイクも予定。今年のお山はパーティー登山が間違いなく増えると思います。自分ひとりじゃなかなか行かないお山や車でしか行きにくいお山など、山の幅が広がりそうです。

一方、一人で自由気ままに思い立ったら行く山歩きもしたいので、今年は山に行く機会が増えそうです。


そんな私が今年行きたいお山。

冬では吾妻山、雲竜渓谷、奥日光、湯の丸、縞枯山等。
春・秋は安達太良山、焼岳、浅間尾根、奥日光、三つ峠、乾徳山等。
夏は立山〜薬師、白馬〜朝日、鳳凰三山、鳥海山等。

まあ、こんなに行けるわけもないけど、行けたらなあ〜と思ってます。


どんな山歩きが待っているのか?本日、2015山歩きが際先よくスタートです!
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 2


阪神淡路大震災から20年

2015/01/17 05:46
1995年1月17日5時46分

この日時は一生涯忘れることはない。阪神淡路大震災。

神戸の外れで被害がかなり少なかった地域とはいえ、その当時神戸に住んでいた私にとっては、その目に、その耳に、そしてその心に大きく刻み込まれた出来事です。
3.11もまた大きな衝撃ではありますが、やはり直に変化に触れ、直に見たこととの差は歴然。こればかりは実際に経験した人にしか解らない何かがあります。
あの時のことを思い浮かべると涙が込み上げてくることがありますが、毎年今日だけはあの時のことを書き続けるたい。それが次の世代へ震災を繋いでいく、小さいけど欠片になるはず・・・。
20年となる今年、改めて当時のことを書きたいと思います。


当時、私はまだ高校生でした。
遠距離通学だった上に、その日は冬休みの宿題確認テストの日でいつもより1本早い電車で行こうと、朝食を食べ終えようとしている時に、それはやって来ました。

ど〜ん・・・。

どう表現すればいいのか良くわかりませんが、大きな衝撃があったのだけは覚えています。
日頃の防災訓練のおかげか、咄嗟に食卓の下に身を置いていました。
激しい横揺れ。
真っ暗で何も見えず、正直頭の中は真っ白でイマイチ記憶がはっきりしていません。ただ、揺れがおさまるまで、本当に長く感じたのは確かです。

揺れがおさまると、真っ暗闇の中、母親と無事を確認。
その後も度重なる余震。不気味な地響き(地下鉄で電車が近づいてくる感じ)とともに余震はやって来ました。ただただ明るくなるのを待つしかありませんでした。

1時間くらいしてようやく明るくなってきました。幸いわが家は無傷。棚から物が落ちたりした程度でしたが、お風呂に貯めていた残り湯は地震の衝撃で栓が抜けて空っぽに。大きな家具も倒れはしなかったものの、10センチくらいはズレていました。

少し落ち着いてきたところで、あっ!学校?と思いました。なんせ大きなテストの日でしたからね。
ダメもとで駅まで行ってみると、当然電車は動いてはいませんが、駅近くの壁面は崩れ、道路の真ん中から水が噴水の如く勢いよく吹き出し、余震の度に屋根から瓦が落ちて割れる音があちこちで聞こえ、信号は消え・・・。
そこにはいつも見慣れた朝はありませんでした。

衝撃はそれだけでは止まりません。わが家は幸いにも電気も水道もガスもその日に復旧しました。再びついたテレビに映し出された光景に衝撃を受けました。
よく行っていた街の変わり果てた姿。私がその日、約50分後にはそのエリアにいたはずでした。地下鉄で崩落した映像。まさにそこを通過していたはずでした。
あまりのショックに震えが止まらなかった。


そのあとは微差が大差なのをいろんなとこで実感します。

地震の際、棚から落ちてきたものは私の横、僅か十数センチでした。あれが当たっていれば・・・。

うちではその日中に復旧したライフラインが200メートル先のエリアは復旧に2〜3日かかりました。

1週間後、電車がある程度復旧するまで学校に泊まることになり、いつもは2時間程度で行けた学校に迂回ルートで3時間半かけて行きました。神戸の市街地からなら通常40分、50キロほど離れた姫路市。
そこで目にしたのはあまりに神戸と違う光景。神戸ではスーパーに行っても棚はスカスカで、最低限の水やレトルト、パン等、聞いたことがないメーカーのものしかなかったのに、姫路では以前と変わらず。店頭には防災対策と名打って、防災グッズ、カセットコンロ等が積まれていたことは衝撃でした。対策ではなく、いま欲しい人がいるのに・・・。
そんな姫路では銭湯で余震を気にすることなく、ゆったり銭湯でお湯に浸かることが出来ました。神戸ではお風呂に入れない人がいる中、こんなにお風呂が幸せなことなのかと感じました。

2週間後に電車がかなり復旧してきたので、家からの通学を再開。長田を通れば、道路を挟んで焼けた家、残った家がありました。たった道路1本・・・。


通学するようになると、変わり果てた市街地をたくさん目にしました。
復旧した電車から見た長田は、教科書で空襲のあととして写真で見たような、焼け野はらが広がっていました。まさに白黒の世界で、言葉にならなかった。それは電車に乗っていた皆が感じたのでしょう。電車内のあの空気感は後にも先にも感じたことがないものでした。

電車が復旧したとは言え、まだまだ不通区間があった当時。阪神間は優先レーン等、徐々に改善しましたが、それ以外までは手が回らない。電車で5分の区間で、代行バスに乗るのに30〜60分、ぎゅう詰めのバスで渋滞にはまり、さらに30〜60分ということもありました。そんな時はその区間を40〜50分かけて歩いていましたが、あったはずの建物が崩れているところも多く、幹線道路から外れるとぺちゃんこに崩れて道路を塞いでいて、そんな家の瓦礫の上も歩いていました。
あの頃の通勤スタイルはリュックとスニーカーという方がかなり多かったのを記憶しています。

そして、2ヶ月くらい経つと被害の少なかったうちのエリアには空き地や公園のグランドに仮設住宅が建ちました。
家を失った人、以前からの家にいる人。仮設と普通の一戸建て。市街地にいた人、郊外にいた人。そんな人々が隣り合わせにいるのは何だか不思議な感じがするとともに、同じ神戸にいたのにこんなに差があることに強く申し訳ないという感じを受けました。


そんな差を感じた中であって、何より感じたのは人の温もりでした。

余震が続いていたので、いつもはバラバラに寝ていた家族が同じ部屋で寄せあって寝ると、いつもはあまり感じなかった家族の温もりを感じました。

学校に泊まることになった時は、周辺に住む同級生の母親の方々が夕飯を作りに毎日来てくれました。

街でもたくさんの温もりを感じました。みんなお互い様。
モノが少なかったスーパーで買いだめしようとする人はまず見かけませんでした。
ぎゅう詰めの代行バスでは声を掛け合って、ひとりでも多く乗れるように詰め、また乗り降りも声を掛け合って、一旦降りたりをみんなでしていました。

代行バスが渋滞で諦めて歩いていると、学生など子供に対しては一緒に歩こうか・・・と歩いてくれる方もいました。

震災から7ヶ月後、ようやくいつもの通学ルートが復旧し、いつもの電車に乗った時、以前から同じ駅で同じ電車に乗っていた(でも話したことがなかった)方々数人が「元気そうでよかった・・・」と嬉しそうに声をかけてくれました。

震災以降、正直、精神的には不安定になり、精神科に行ったこともある中、震災から半年ほど経ったある休みに同級生の誘いで、仮設住宅へのボランティアに行く機会がありました。
申し訳ないとの思いを抱えていた私でしたが、そこで子供たちが一緒に遊んでとせがまれて、遊ぶと彼らの笑顔にホントに元気をもらえた。
その親御さんが嬉しそうに「いつも構ってやれないから」と御礼を言ってくれた。
こちらこそ「ありがとうございます」と言いたいのに・・・。


人との触れ合いって、こんなに温かかったんだ・・・。

実はそれまでは神戸はあまり好きじゃなかったんです。
小学校高学年で和歌山から転校してきた時、田舎もんだとイジメに遭い、その時は死にたいとも思いました。
別に都会が偉いとも思わないし、神戸の外れで決して都会ではないではないだけに、今思えば可哀想な方々だと思いますが、当時はそんな奴等がいる神戸が嫌いで、2時間もかかる姫路まで通っていたわけですが、あの震災で触れた人の温もり、負けない強さに、神戸を故郷として好きになれた気がします。

たくさんの命が失われた震災ではありますが、そんな震災を通じて、生きる力をもらった人間もいるのです。


かなり文字の長いブログになってしまいましたが、最後に一言。

生きてこそ・・・。
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One flame,One phrase…「変わらぬもの…」

2015/01/16 20:46
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「変わらぬもの…」



あの時、目の前には信じられない光景が広がっていた。

それから何年、何十年の月日が経って、僕は街を離れ、街は少しずつ変わっていった。

そんな中でも受け継がれてきたもの。

傷も含めて、変わらぬものがある。それが大切なふるさと。



2013年2月25日 神戸・メリケンパークにて
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受験シーズン

2015/01/15 22:40
年が明けて、いよいよ受験シーズンに突入!今週末はセンター試験ということで、本格的にピークを迎えますね。

受験生全員がサクラ咲くとは当然いかないわけで、厳しい戦いではありますが、体調を崩すことがないよう、自分の今の力を出しきれるよう願っています。


さて、入学試験は例年通りのピークですが、実は昨年と受験の様子が変わったのに気づかれていますか?

それは就職試験。
今年から就職試験が春以降へと変更になりました。
もちろん、すでに学校内での企業研究のための説明会等は始まっているようですが、エントリー〜面接等の本格的な試験は3月から4月以降になっています。

2月〜3月は大学入試など、大学も休みが多いので、この時期なら学業への影響も少ないので、4月以降が本当に良いのかという気もしますが、変わっちゃったものは仕方ない。
その期間に学生の皆さんは自己分析や業界研究を進めることをオススメしておきます。今は受験勉強の期間ということで!


受験は人生のひとつのターニングポイント。どこに行くのかで人生が変わるのは間違いない。
だから大事に、万全で挑みたいものです。
一方、それが全てではない。自分自身の持ちようで変えることも出来ます。思い詰めず、いい加減で頑張って下さい!
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